絵本の取扱い
TさんはHさんのたぐいまれな才能と人柄にぞっこん惚れ込んでいましたから、Hさんが熱っぽく語ったに違いない大構想を一笑には付さず、深く心に留めて帰京しました。
東京でTさんが旧知のFさんとばったり出逢ったのは、それから2年後のことです。
戦前Fさんが町工場の経営者をしていたころ、製品の納入先であった中島飛行機の購買責任者をしていたTさんはFさんを知ったのですが、そのころから、経営者としてのFさんの卓越した才能と信頼に足る人柄を見抜いていました。
ですから、久しぶりに会ったそのFさんから「誰か才能のある人物と組んで、新しい事業を立ち上げたい」という思いを聴かされた途端、TさんはHさんのことを思い出し、その近況と雄大な構想を話してぜひ顔を合わせるように勧めました。
何とFさんは、すでに「浜松に天才発明家がいる」とHさんのことを聞いていたことから、臨時賭することなくTさんの勧めに積極的に応じました。
一方、Tさんからこの連絡を受けたHさんも幸いすぐ乗り気になり、TさんとFさんが再会してから間もない昭和24年夏、2人はTさんの家ではじめて出逢うことになったのです。
性格のまるきり違うHさんとFさんでしたが、Tさんの期待通りその場で意気投合し、「商売はあんたに全部任せるから、技術には口出ししないでくれ」という本田さんの条件をFさんが快諾して、H・Fコンビは事実上この日に成立しました。
数ヵ月後、資本金を200万円に倍額増資したH技研工業株式会社に対して藤沢さんは50万円を払い込んで常務取締役に就任しましたが、その後副社長になってからも社長のHさんとFさんとの関係は、昭和48年に一緒に日本の経営史を飾る見事な退陣を果たすまで、実質上の上司と部下だったことは一度もなかったのです。
成功の望穫となるか出逢いな、単なる偶然ではないさて運と言うと、普通の人は必ず偶然を連想しますが、HさんとFさんの出逢いのいきさつを振り返って、単なる偶然だと思われるでしょうか。
まず、ご本人が気づいていたか否かにかかわらず、Hさんは技術者としての天才的創造性とまれに見る人間的魅力の持ち主だったこと、否定できない事実です。
Hさんのような陽気で人好きの性格なら、対人接触の機会は無限に広がるでしょうが、相手の受け止め方によって人間関係の濃淡とか永続性は大きく左右されます。
その点、Tさんを含め、Hさんに出逢った人のほとんどがHさんの才能に感心するだけでなく、その人柄に惹きつけられて、そのことを忘れられず、機会があるごとに他の人に話さずにいられなくなるのです。
戦前、東京で仕事をしていてHさんとは全然面識もなかったFさんが、すでに誰かから浜松のHさんのことを聞いて知っていたのは、そのためです。
終戦直後、東京でFさんとTさんが再会したことは偶然ですが、そのときTさんがHさんのことを口にしたのは偶然ではありませんし、FさんがTさんの提案にすぐに応じる気になったのも、決して偶然ではないのです。
FさんとTさんの関係も、取引相手として最初名刺を交わしたのは偶然でしたが、その後お互いに好意と敬意を感じて知人から友人へと親しみが深まっていったことは偶然でありません。
だからこそ、TさんはHさんとFさんという絶妙のコンビを実現するためにわざわざ東京の自宅に2人を招き、水入らずの会談を設定したに違いありません。
この場でHさんとFさんとがはじめて顔を合わせることになったのは、もはや単なる偶然ではなかったのです。
当時Hさんは42歳、Fさんは36歳に達していました。
年齢だけでなく生まれも育ちも、天賦の才能も性格も違う2人が、実質的な創業期から波乱万丈の成長の過程を通じて苦楽を共にし、爽やかな同時引退劇を演じられたことが、果たして然だったと言えるでしょうか。
こうした事例は、Sを創ったI・MさんでもM電器を創ったM・Tさんでも、またMを創ったBとP、Cを創ったDとRでも、国内外にわたっていくらでも挙げることができます。
HさんとFさんのように数十年苦楽を共にできた事例や、TとSのように数年で棋を分かった事例などいろいろですが、これらのペアはいずれも単なる偶然で生まれたわけではなく、また創業という大業はペアなしにできたとも到底思われないところに出逢いと言われるものの本質的価値があるのです。
さらに誤解のないように付言いたしますが、内外の成功した創業経営者すべてが、今ご紹介した事例のようにペアで創業の大業を成し遂げたと私は申し上げるつもりはありません。
私が強調したいのは、事業の成功にとって必ずと言って良いほど大きな役割を果たす出逢いの重要さです。
創業期であれ成長期であれ、苦難の時期であれ絶好調の時期であれ、成功した経営者はほぼ例外なく、その成功にとって決定的な、しかも客観的に見て単なる偶然とはどうしても思われないような出逢いを経験しているのです。
出逢いの相手は同志と言える経営者であったり、社外にいて折に触れて的確な示唆を与えてくれる人物だったり、信頼感を持って資金援助してくれる投資家だったり、関係のあり方や期間はさまざまです。
そういう特定人物との出逢いが事業成功にとって決定的な要件の1つであった点は、見事に共通しているのです。
少なくとも事業の成功者にとって運とは、決して単なる偶然ではありえないのです。
では、成功した経営者は運をどう理解しているのでしょうか。
結論を言うと、だいたい3つに要約することができます。
第1に、「運は心の持ち方です」。
冗談と思われるかもしれませんが、成功した経営者はほぼ例外なく、「自分は強運の持ち主だ」と深く信じています。
ご承知のごとく、運には幸(好)運と悪運と呼ばれるものがあります。
人間は誰でも生きている限り、ほとんど毎日のように大小各種の運にめぐり合います。
強運とは普通「強い運勢」のことを指しますが、私はあえて「どんな運にも大して動じないこと」と独自の定義をさせていただきます。
こう定義すると、辞典に載っていない弱運4の定義もできるからです。
強運の持ち主は悪運にめぐり合ってもくじけることがない反面、好運にめぐり合っても有頂天になりません。
弱運の持ち主はちょうどその逆です。
成功した創業経営者は創業から成長の過程で他人に言い尽くせない、言っても到底理解してもらえないさまざまな経験を積んでいるのが普通ですから、ちょっとしたことで滅入ったり、得意になったりはしなくなっているだけでなく、結果的に成功者になることで、自分と自分自身の生き方に対して、絶対的な自信が自らの心のなかに定着してしまっています。
つまり、成功した経営者にとって運とは自らの人生で創り上げたこうした強い心の持ち方だと言っていいでしょう。
第2に「運は志に対する賜物です」富士山ということばほど創業にふさわしいものはありません。
創業者は誰でも何らかの志を抱くのが普通ですが、大成功を収めるような経営者でそれなりの志を抱かなかった人はまずほとんどいないはずです。
志は単なる目標ではなく、遠大な、感動を伴う、また、ひたむきな意志を抱いて念じ続けた末に達成されるほどの目標です。
志は単に遠大な目標ではないという意味で「感動を伴うこと」が重要な意味を持ってきます。
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